PARACOSM

音楽、映画、社会など

Jungleという「加速装置」、Hyperdubという「ウイルス」

 

はじめに

この記事は、特にRAVE以降のジャングルと機能や思想、Hyperdubとその根源のCCRU (The Cybernetic Culture Research Unit)のリサーチをまとめたもの。

RAVEについては前回の記事を参照してください。

iamtsumu.hatenablog.com

 

これらのミックステープを聴きながら読んでいただくとより分かりやすいかと思います。

 

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 目次

  1. Hyperdubの根源、The Cybernetic Culture Research Unit

  2. 生けるレイヴの屍、ジャングル

  3. リアル、そして未来

  4.  未来への加速

  5.  ジャングルは夢から現実へ覚めるためのアラーム

  6. What is Hyperdub?

 

Hyperdubの根源、The Cybernetic Culture Research Unit

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The Cybernetic Culture Research Unit (以下CCRU)は、1995年秋にイギリスのWarwick 大学でサイバー理論家(自称サイバーフェミニスト)のSadia Plantによって非公式に設立された研究組織である。この組織は、サイバーパンク、音楽ジャーナリズム、自然科学 (神経学、細菌学、熱力学、冶金学、カオス理論、コネクショニズム)に影響された哲学、ジャングルやポストレイヴミュージックなどそれぞれが融合したノマド的思考を軸に学際的に活動していた。

組織が設立された2年後の1997年に、Sadia Plantはフリーランスの作家になるために組織を抜け、その後は元恋人であるニック・ランドに引き継がれた。大陸哲学の博士であった彼は、奇妙なカリスマ性によって学生たちを惹きつける。

その学生の中の一人が、後にHyperdubを立ち上げるKode 9 (Steve Goodman)である。グッドマンはWarwick大学に入る前の90年代初頭に、エジンバラの大学で哲学を学びながらサイケデリックジャズ、ファンクミュージックに夢中だった。3年後、彼はWarwick大学に移り、CCRUに所属する。CCRUでの経験は、彼の音楽的嗜好をクラブミュージックに変化させ、彼の今後のキャリアに多大な影響を与える。CCRUは、UKレイヴシーンに咲いた音楽カルチャーを切り刻み、混ぜ込み、その要素を落とし込んだ新しい音楽、ジャングルに大きな関心を寄せる。グッドマンもジャングルのような新しく強い音楽がどのような新しい概念を必要とするかを探っていた。 言い換えれば、音楽とは聞くことだけでなく、考えることでもあり、理論を生み出す可能性があると考えていた。レイヴカルチャーとアフロフューチャリズム、ポストモダニズムサイバネティックスの要素を組み合わせることで、彼は強力な個人哲学を作り始めた。

その後、Sadia Plantを除くランドとCCRUは、「加速主義」と呼ばれる奇妙で複雑な理論的立場を生み出す事になる。

CCRUのアーカイブは今でも閲覧可能。

http://www.ccru.net/images/syzygy/demonlogos.gif

http://www.ccru.net/syzygy.htm

 

生けるレイヴの屍、ジャングル

https://djmag.com/sites/default/files/styles/djmag_landscape__691x372_/public/article/image/Metal-Headz_Label-Focus_Header-pic.jpg?itok=ewpEKb1k

労働階級の集団のレイヴカルチャーが「愛、平和、団結」によるサッチャリズムへの対抗だとすれば、ジャングルはレイヴの精神が死んだ後のレイヴミュージックだとサイモンレイノルズは言う。1993年頃からハードコアはクラブ外での強盗やクラブ内での喧嘩などの理由から不安定になる。それに幻滅したレイヴァー達はハッピーハードコアシーンの形成へと傾く。一方、それ以外のレイヴァーは、かつての興奮があったレイヴは終焉を迎えたと感じていた。ジャングルは生けるレイヴの屍だ。

1992年頃からGoldieやLTJ BukemなどのIntelligent JungleのプロデューサーはRagga Jungleは乱暴で未熟な音楽であると考え、1994年にはLTJ Bukemが”No Ragga”ポリシーを掲げたクラブを作る。ダンスホールからの影響を受けてますます定型化したRagga Jungleと比較し、Goldie達の新しいジャングルはArtcoreやIntelligentとして新鮮で最もスリリングな音楽となった。

 

リアル、そして未来

エクスタシーが不在になるとジャングルはUSハードコアラップの持つ「リアル」の世界観と同じようなイデオロギーを持つようになった。

L Double and Shy FX - The Shit  

この曲は非現実的な視覚、非現実的な感覚などを否定し、リアルこそが重要だというギャングスタの独白から始まる。

open.spotify.com

では、一体「リアル」とは何か。ヒップホップにおける「リアル」には2つの意味がある。1つ目は、音楽業界で売れ、完売を目指すような音楽ではなく、妥協がない本物の音楽を指す。2つ目は、我々の生きる社会はもう死んでいるという現実を表現したものである。後期資本主義の経済的不安定、システムの中に組み込まれたレイシズム、警察による若者への監視と嫌がらせなどの社会への不満が込められている。

そこからジャングルは未来を見据える音楽になっていく。ジャングルは、ブレードランナーターミネーターロボコップなどの潜在的に反資本主義のメッセージを含むサイバーパンクフィクション、ディストピアSF映画から影響を受けるようになる。実際にMetalheadzのジャケットはターミネーターのメタルの頭蓋骨を連想させる。

 

Adam F - Metropolice 

open.spotify.com 

 

未来への加速

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──なぜ、未来に急ぐのか

ダークサイドジャングルのレーベルNO U TURNはこの問いに対して答える。新しいダーク(暗黒)の時代では、原始的なエネルギーがデジタル技術に会う場所であり、そこではあなたのアイデンティティですら科学的になる。ジャングルと同様に、あなたはあなた自身を非捕食者ではなく捕食者として定義する。ジャングルの中にはテクノロジーの意志力があり、それは人間の優先事項を破壊し、コミュニティを引き裂こうとする。もはや、踊りたいから踊るというかつてのレイヴミュージックではなく、踊らざるを得ないものとなる。まるで、汗をかき踊るレイヴァーの姿は、未来へと走るようにも見える。NO U TURNからリリースされた曲、TRACE, Ed Rush, Nico - Droidを聴くとブレードランナーで、雨の降るディストピアの街のアーケードで、デッカードレプリカントを追うシーンが思い浮かぶ。NO U TURNは、この後戻りはできないという感覚を表現している。

TRACE, Ed Rush, Nico - Droid  

 

 ジャングルは夢から現実へ覚めるためのアラームf:id:iamtsumu:20191221042001j:plain

「社会なんて存在しない」──これは、79年から90年まで在任したイギリス保守党初の首相のマーガレット・サッチャーの「新自由主義宣言」での有名な言葉である。個人のための社会など存在せず、個人は個人を強化しなければならないというメッセージ。サッチャリズムによるUK国内の格差の拡大と共に衛星放送の開始、国営産業の民営化などにより、社会の閉塞状態が加速する。個人を守る社会の破綻をトリガーに新しい暗黒時代へ入ると、人々の抑圧された不安から生まれる抵抗は思いもしない場所から表面化する。抵抗は、必ずしも組合や政治的な左翼の集団による論理的な方法だけではない。ジャングルは、社会的に構築されたリアルを「自然」として受け入れる「リアリズム」の立場を取る。 「リアル」になるとは、大部分が敗者となる自然界に立ち向かうことである。ジャングルの危険で焦燥的なリズムは、聴衆に不安を叩き込む。(フロイトによると、不安は防御メカニズムであり、それなしでは、トラウマに対して脆弱になる)。ジャングルは生けるレイヴの屍であり、夢の終焉とともに生きるサウンドである。ジャングルの爆弾のようなサブベース、シナプスを破壊するスネアとハイハットは夢から覚め、現実を見るためのアラームなのかもしれない。

 

What is Hyperdub?

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2000年9月3日、kode 9 ことグッドマンは「What is Hyperdub?」というタイトルのメールを Driftlineと呼ばれるオンライン哲学フォーラムに送信した。 その中で、彼はHyperdubを「人間と機械を複製する情報ウイルス」と説明し、「これまでで最も毒性の高い変異」を「ハードコア、ジャングル、2ステップガラージ」と引用した。時間の経過とともに変化する音の形であるHyperdubウイルス。このフィクション上のウイルスは、グッドマンにとっての指針となる。 「ウイルスは私に何をすべきかを教えてくれた」と彼は言う。

グッドマンは2000年に新しいダンスミュージックに焦点を当てた記事のプラットフォームとしてHyperdubというオンラインマガジンを設立。。 そアーカイブ調べてみると、グッドマンが「ロンドンのエレクトロニックミュージックはジャマイカ音楽に焦点を当てている」という、ミレニアム時代のダンスミュージックに関する豊富な執筆活動が見られる。 グッドマンと並んで、サイモン・レイノルズのような定評のある批評家、マーク・フィッシャーのような学者やその他の熱心な仲間が貢献するようになる。Hyperdubと言うウイルスは実際にダブステップなどを巻き込みUK音楽シーンの中で次々と感染していく。

 

「Hyperdubはウイルスの概念として始まったが、Hyperdubオンラインマガジンを書いている当時、音楽はウイルスではなくその概念はただのフィクションであった。 その後、フィクションが現実のものになった。」— Kode9

 

 

主な参考文献

『ENERGY FLASH』Simon Reynolds

Acceleration Now (or how we can stop fearing and learn to love chaos)

 Kode9 Stared Into The Void And It Stared Back

Cybernetic culture research unit

Label of the month: Hyperdub